昭和の童

今でこそ危ないからと運動会から外された競技に「騎馬戦」や「棒倒し」というのがあった。
見に来ている父兄も当然学校の先生も大盛り上がり。まるで川中島の戦いのように号砲とともに隊列は動き出す。
鉢巻を取るというより、相手の騎馬を崩したり馬を操る選手をひきずり下ろすと言ったもはや喧嘩に近い勇ましさだったことを覚えている。
私は当時背が低いせいもあってその殆どが馬にまたがる戦士に任ぜられたものだ。
グラウンドに叩き落とされる。擦り傷など当たり前。
棒倒しに至ってはまさに喧嘩と言った方が分かりやすい競技だった。中には骨折する仲間も居た。父兄も学校も何の問題にもならない。骨折した母親が先生に「ご迷惑をかけて申し訳ありません・・・」が普通だった。
こんな時代に私は育ったこと、この時代に生まれて来て良かった・・・と今でも思う。
喧嘩(競技)が後をひかないのがこれまた素晴らしい環境だったのだ。
強い人間がこうして日本を守ったと言っても過言じゃないだろう。
殴ったり、喧嘩したりもみんな仲間なんだ。人に優しくなれたのもこうした痛みみたいなものをしっかり経験していたからじゃないだろうか!?
こんな時代だから確かにどこにでもガキ大将は居ました。そのガキ大将がその後日本を背負って立ったんだから素晴らしい時代でした。

私に長男が生まれたたとき、チョロチョロとして当然転びます。普通子供はそこで「わ~・・・・」と泣き出します。
私の場合、転んだ瞬間「痛くない・・・」と大きな声をかけていました。「痛くないね・・・、痛くないぞ・・・」と泣く暇を与えないってこと。
「今泣こう・・・と思ったのに・・・」彼はきっとそう思ったに違いない。だから、息子は転んで泣いたことがありません。いや泣くタイミングを削がれたんだろうね(笑)
「大丈夫・・・・!!?」などと優しい言葉は弱虫と甘えしか与えません。

みんなわんぱく時代の財産です。