伝えることの大切さ

私が10歳の時でした。そのできごとが15年前の今日3月11日でしたね。残念ながら私の親戚の家も流されましたが、運よく家族全員が無事であったことを知った私の家族の喜びに「大変なことが起きたんだ・・・」と子供ながらに当時のことが蘇って来ます。
その後、親戚のみなさんは私の家にしばらく同居。数年前に釜石の高台にまた帰って行きましたが、その後復興前の現地を見に行ってただただ驚きました!
爪痕と復興の境を見ながら大震災の恐ろしさを知りました。

私は直接被害に遭ったわけではないのでしばらくはどこか他人事のように思えた数年を過ごして居ました。
私くらいな年齢で、この記憶を伝えなければと語りべになった人も居るそうです。二度と起きてはいけない。災害の怖さ、日頃の災害に対する構えの大切さ。先頭になって伝えようとする私と同い年の人。 偉いな~と思います。
私は20歳を過ぎたころ、ネットで知った浅草の日本舞踊教室に通うことになりました。
今回、事務局の人にお願いして私なりの心の内を語れたらな・・・と。
語り部のみなさんも、私とそれほど年齢の違わない人が「伝える大切さ」と取り組んでいる。それを知ったとき、ふと波島先生が頭に浮かんだんです。

教室には驚くほど多くのみなさんが日本舞踊を習いに通っています。私もひょんなことから大衆演劇に魅せられてお稽古したいと通うようになったのですが、昨年「国宝」という映画を観てこの教室の素晴らしさに更に誇りさえ持てるようになってお稽古に通っています。
ここ浅草のお稽古場は本格的なお稽古場で、質の高さは比較外と言ってよいほどクオリティが高いんです。
前々から興味はあったんですけどね。なかなかきっかけがなくて。だから、ネットで見つけ、通うようになったのは私にとって奇跡のような出来事でした。

さきほど、大切なことを伝える・・・と言いましたが、実はここ浅草にも居たんです。波島陽子先生です。
大切なことを伝える。震災は確かにそうです。後世に語り継がないと。
その意味、とってもよく判ります。浅草に通いながら、何か同じようなことを感じていました。「伝える・・・」。 大切なことを伝えるのに、相当なエネルギーがいること。とくに災害は年月とともに風化する恐れがあります。語り部の心に、風化させてはいけない。忘れてはいけない・・・ということを。

内容は少し異なるかも知れません。日本の伝統芸を絶やしてはいけない。これも「伝える」という共通の思いから波島先生は頑張っているんだな・・・って分かるんです。
苦手な生徒さんも少なくない筈です。これだけ居たらきっと性格もまばらでしょう。私みたいな若者の多いこの教室にあって、本当に先生が怒った姿を見た記憶がありません。それはなあなあで教えているのとは違います。
一人一人の性格に合わせ、懇切丁寧に指導してくださる先生に、「凄いな~」がいつも第一声。
ふと感じることは、一生懸命指導してくださっているんですが、帰って気づくのはなんとも心地よいという現実です。
面倒な生徒さんがきっと居ない訳ではないと思います。怒り声を聞いたことは一回もありません。優しさが、心地よいオブラートのように「また頑張ろう・・・」と思えるのは神業なんじゃないかと・・・。

ホームページを読み返すと、「伝えたい・・・」とあります。教えるとは書いてないんです。 その通り、まるでお稽古の中に上手く「日本の心」までもが顔を覗かせて心地良いのです。
事務局の方はいつもメールで励ましてくれます。「お稽古場が生徒さんのもうひとつの居場所になるといいですね・・・」と体験のときおっしゃっていましたがその通りでした。

このお稽古場は現在間違いなく私にとって「もうひとつの居場所」になりました。伝えることにエネルギーが居る。今日、東日本大震災から15年経ったそうです。何かあっという間ですね。

忘れてはいけないのに、私は何をしてきたのだろう・・・と。何でもそうですね。「前に進む」「大切なことを学びながら・・・」。
私もいつか陽子先生のように、誰かに大切なことを伝えられるような人間になりたいな・・・と。
この場をくださった岡部さんに感謝です。ありがとうございました。