東京の母は

あと丁度2ケ月後に「湯沢公演」本番となりましたね!! 何と言っても月日の早さにまず驚きます。なんとかオリンピックも無事と言って良いんでしょうか、幕を閉じました。

今度は私たちの番です。考えてみると私たちの舞台は大きな試練ともいうべき出来事とずっと向き合って来ました。上京して後ずっと私の親代わりに面倒みてくださった叔母のご主人が私の為に作ってくださった浅草のお稽古場。これ以上ない素晴らしいお稽古場でのお稽古を重ね、初めて開催した発表会も叔父の創った料亭の舞台でした。第1回の発表会を決めた1ケ月後にあの東日本大震災だったのです。舞台の開催日は既に決めていただけに秋の舞台をどうしようと。でも、沈んでいても仕方ない。少しでも元気が届けられればと震災の半年後に第一回の発表会を開催。勿論一生忘れられません。

それから3年後、第2回を渋谷の伝承ホールで。この時も前日の2月8日から降った大雪で都内は大パニック!!それでも超満員でした。

それからというものは、舞台をやるとまた何か!?そんな思いがありましたが、お陰様でその後、大きな舞台も海外公演も順調でした。それなのに一体どうしたことでしょう!?初めての私の故郷公演がまたしても今度はコロナで苦境に立たせられています。

今回はそう簡単な相手ではありません。地球規模の出来事なんですからね。

この舞台は1年延期を余儀なくされ、今年10月10日の開催となりましたが、中止を選ばなかったことに大きな称賛を頂きました。「負けてたまるか」、はいつの間にか強い教室になっていたんですね。お弟子さんもそうですが、スタッフの元気には脱帽です。

お稽古場開きのときに一番前でにっこりと喜んでくれた叔母の姿はもうありません。秋田の舞台も楽しみにしていたのに。最初の発表会で東京のお母さんへと花束を贈ってから丁度10年目の今年、奇しくも故郷での舞台となったのです。あの大舞台でもう一度花束を贈りたかった。ずっと私を大事に見守ってくださった東京のお母さん。秋田を見ていてくださいね。